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自転車と家族の日記

My Life with bicycle

悪魔の証明?

漫画に本気で絡んでみる。

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雁屋氏が作中で,書いた言葉

「医者は低線量の放射線の影響に対する知見はないと言うが,知見がない,とは分からないということだ.」
「わたしは一人の人間として,福島の人たちに,危ないところから逃げる勇気を持って欲しいと言いたいのだ.」

これって,典型的な“悪魔の証明”を求めている部分ですね.
※“ある事象がないこと”を証明することは不可能なんです.その証明を悪魔の証明と言います.
悪魔がいないことは証明できないでしょう.

議論のときに悪魔の証明を求めると,それを論破するのは不可能なので,論争に必ず勝つことができます.
ですので,科学や社会学の世界では,既に証明されたものだけで議論する,という姿勢が求められます.

「知見がない」というのは,これまでに信頼できるデータがない,ということです.
もちろん,原発事故のあとで鼻血が出る人はいっぱいいるでしょう.「わたしも鼻血が出る!」と声高におっしゃる町長さんもいたようです.だけど,それは個々の事象であって,因果が証明されたものじゃありません.
「関係ないとは言えないじゃないか!」と言って議論を進めるのは,ルール違反なんです.

以前からそうですが,雁屋さんはリスクゼロを求めてしまってるみたいですね.
もしかして危ないかもしれない!ってことまで考えると,ありとあらゆるリスクが頭に入って来てしまいます.
これって,一見弱者に優しいように見えて,実は心理的負担を増やしてしまっているのです.

事象と事象との因果関係は,個々の事象から結論を出す演繹法は無理で,全体の結果から因果関係を導く帰納法を使って考えないとダメなんですよ.
そのためには視点を変える必要があります.当事者の立場でなく第三者の視点で考えないといけない.
欧米は一神教ですから,神がどう思っているか?を常に意識してる.日本にはそういう風土がないから,帰納法的な思考は苦手なのかもしれないですね.
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  1. 2014年05月20日 10:19 |
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