自転車と家族の日記

My Life with bicycle

溶連菌感染症 ~腎炎とリウマチ熱はなぜ減ったのか?~

わたしが中学生の頃,急性腎炎という病気になり,1か月ほど学校を休む羽目になった.
ある日,熱が出て,扁桃腺が腫れた.自宅で寝ていたのだが,なかなか熱が下がらない.
やっと下がったと思ったら,えらく黒っぽいおしっこが出るんです.
「これはっ!」って思い,父親(内科医)に相談すると
「腎炎や,寝とけっ!!」
ってなった次第.

それからは,あちこちむくんでしまい,ベッド上安静.
塩分を制限しないといけないってことで,無塩バターってのをわざわざ買ってきて,“まずっ!”って思いながらパンに塗って食べてました.

この急性腎炎を起こすのは,“溶連菌”という細菌です.
これって,風邪と一緒にあちこち飛び散るので,たまたま吸い込むと,のどが痛くなって,熱が出たりするんです.

溶連菌は急性腎炎の他に,“リウマチ熱”という,心臓を痛めつける怖い病気を起こすことでも知られています.

ところが,いま,子ども達の間で溶連菌ってのはものすごく蔓延しています.
特に保育所に行ってる子は,普通に持ってるんです.大変だ~,,子ども達が危ない!

なんてのは早計で,急性腎炎もリウマチ熱もほぼ過去の病気になってしまいました.
溶連菌はたくさんいるのに,その合併症は減ったんです.なぜでしょうか?

ここからは,科学的な話じゃないですが,推理です.

溶連菌関連の腎炎,リウマチ熱は免疫病です.細菌そのものが悪いんじゃなく,細菌をやっつける抗体ができると,その抗体が体を攻撃してしまうのです.

免疫は生まれたときにはほとんど自前の免疫力はなくって,徐々に発達し,4~6歳頃に完成します.
原則として,細菌でもウイルスでも,移植した誰かの組織でも,異物を追い出そうとするのが免疫です.
そのために抗体というのが体で作られるのです.
実は,年齢が小さければ小さいほど,体は免疫の相手と共存しようとします.
移植でも,低年齢の方が生着しやすいということが分かっています.

ですので,免疫病は,ある程度の年齢に達した児で,強く免疫応答が起こるときに発症するのです.
細菌やウイルスは,“初めて”感染するときにもっとも強く免疫が働きます.
2度目,3度目の感染になると,前の記憶があるので,強い免疫応答は起きなくなってきます.
この原則をご理解下さい.

では,過去にリウマチ熱は,どのような人が発症したのか?

実は最初に流行したのは米国の軍隊です.元気な若者の間で溶連菌が流行し,リウマチ熱になって苦しむ人が続出したのです.恐らく,軍隊で若者が集団で生活する間に,溶連菌が次々と感染して行ったのでしょう.それまで溶連菌が問題になることは少なかったので,大半は軍隊に入ってから初めて溶連菌の感染を経験したはずです.
だから免疫応答も強く,免疫病であるリウマチ熱が多く発症したのです.

もっと時代をさかのぼってみましょう.溶連菌と人類がいつからお付き合いしているかは定かではありません.19世紀後半に米国で書かれた若草物語には猩紅熱の記載がありますね.日本でも明治時代に猩紅熱ってあったそうです.それ以前にどのくらいあったかは分かりませんが,インフルエンザや天然痘のように歴史上で大流行したという記録はありません.

溶連菌は飛まつ感染でそれほど感染力の強いものじゃないでしょう.
昔から局所的な感染はあったでしょうけど,世界で大規模な流行が始まったのは若者が集団で生活するようになった第一次世界大戦くらいからだったのではないかと,わたしは考えています.

日本で溶連菌が増えだしたのは,1945年の終戦後,米軍が来てからではないでしょうか.
恐らく,米軍の人の中に,溶連菌を持っている人がたくさんいたのでしょう.
※菌を持っているけど,症状が出ないってのを保菌者と言います.
ウイルスと違って溶連菌の伝播する力は弱いので,何十年もかけてゆっくりと人々ののどからのど,鼻から鼻へ広がっていったものと思われます.

細菌が伝播するのは,集団生活です.軍隊もそうですが,もっと大規模な集団生活は,,,学校ですね.

戦後は6-3-3の教育が始まりました.小学生で初めて集団生活を開始するので,学童で溶連菌が流行したものと思われます.
この年齢で初めて溶連菌に感染した子どもは,免疫応答が強く,自己抗体を作る結果急性腎炎やリウマチ熱が起こすことになったでしょう.

1960~1970年代頃からは徐々に幼稚園が普及しだします.1980年代は大多数の子どもが幼稚園に通う時代です.
この時代には幼児の間に徐々に溶連菌感染が広がっていったのでしょう.
リウマチ熱や急性腎炎は,この時代から減少が見られだしました.

1990年代になってからは,保育所が発達しますます低年齢から集団生活することが当たり前になってきてます.現在では1歳児で約20%が既に集団生活を行っています.約70%は3歳までに集団に入るようです.

乳幼児の集団生活が当たり前になってくるとウイルス感染症とともに,鼻咽頭の細菌も広がっていくことになります.
ウイルスが誘発する咳にのって,溶連菌も飛び散るからです.

現在では集団生活での溶連菌の保菌率は20%にもなるそうです.
任意の時期に調べて,5名に1名が溶連菌を持っているのであれば
その他の4名も必ず溶連菌に曝露されているでしょう.

ということは大多数の乳幼児は溶連菌に知らない間に感染するか,もしくは保菌を経験しているということになります.
恐らく小学生や青年期になって初感染を起こす人というのはほとんどいなくなっているのでしょう.

何度目かの感染では,初感染ほど免疫応答は強くない.
だから急性腎炎,リウマチ熱になるような,自己免疫疾患を
起こすことはなくなってきたものと思われます.

まとめると,わたしの推理は,
近年,乳幼児の鼻咽頭の細菌叢に変化が起き
低年齢からの溶連菌感染(もしくは保菌)が普通になったから,急性腎炎,リウマチ熱が減った,というものです.
低年齢の感染症罹患は良いこともあるのでしょう.

今では溶連菌感染って,普通の風邪です.ほとんど心配要りませんよ.
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  1. 2015年01月31日 23:25 |
  2. 風邪はぜったい治療するな
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リスク強調社会 その3 商品化された労働力

社会の仕組みが資本主義を基本とするものに変わっていって,“労働力が商品化”された結果,自由競争に組み込まれることになりました.

最初は労働って,羊毛から布を作る工場制手工業だったのですが,綿花生産が機械化されるにつれ,工場制機械工業になっていきました.ガッチャン,ガッチャン,動く機械の油にまみれて働くイメージですかね.
なお,当時の労働者の平均寿命って驚くほど短かったそうな.
もともと農奴だった人たちですから,彼らの労働環境なんて考えてくれなかったのでしょう.

さて,労働者も考えます.誰でもできる仕事は,価値が低い.つまり,給料が安い.
労働価値は希少性によって上がります.つまり,自分しかできない仕事だと,労働の価値が高くなる.それじゃ,他の人ができない仕事をしよう!
これが専門職の始まりです.以降,資本主義社会が成熟するにしたがって,専門性の高い仕事が色々と生まれます.専門職ってのは,資本主義だからこそできるものです.
当たり前ですね.逆に給料が同じだったら誰でも楽な仕事に付きたいですから.

そこから,時代が進み,様々な労働の形が出てきました.
労働者はみんな自分の労働価値をアピールします.

産業は,第一次から三次に分けられますが
第一次産業の人は,,,,「うちで採れる米は最高に美味いよ!」
第二次産業の人は,,,,,「うちの会社のクルマは,速くて静かだよ!」
なんて感じでしょう.こんな話,普通に聞きますよね.

20世紀から21世紀になって,もっとも重要になってくるのは第三次産業,つまりサービス業です.
小売,運送,販売なんかがそうですかね.教育とか,医療もここに入ります.

厚生労働省のHPから取って来た図ですが
sangyou123.jpg

戦後,第一次産業の人口はどんどん減って,第二次産業は変わらず.
増えているのが第三次産業,特に近年は,情報通信とか,金融・保険,医療・福祉なんかも増えています.

なお,第三次産業は
1,物を提供する  小売業とか,飲食店とか
2,情報を提供する 通信業 NTTとか
3,快適を提供する 医療とか自動車の修理なんかもここ
に分けられます.

ズバリ,専門性の発達と,第三次産業(サービス業)の発展が,人々の不安を増す原因になったのです.
特に最後の快適を提供するサービス業ですね.労働者が快適な社会を作ろうと努力することが,人々の不安につながってしまうのです.なぜかと言うと,このサービス業は基本的にリスク管理のシステムで動いているからです.

例えば自動車の修理の人は,エンジンの調子をすごく気にします.
ガソリンスタンドには汚くなったエンジンオイルが展示されて,交換は走行3000Km毎にして下さい,なんて書いてます.
確かにエンジンの故障リスクは,オイルが新しい方が少ないでしょう.
トラブルを減らし,快適なクルマ生活を送るためには,頻繁にオイル交換をした方が良いのは間違いありません.
故障のリスクを下げるために,頻繁にオイル交換をしなさい,って主張することは,自動車の専門家であれば当然のことです.
しかし,それが1万Kmと故障リスクがどのくらい差があるのか?恐らくごくわずかでしょう.
だけど,オイル交換せずに3000Kmを過ぎるとちょっと不安になりますよね.
ガソリンを入れたときに,そろそろオイルを交換して下さいよ.その方がエンジンが長持ちしますよ~,なんて言われます.
そういった習慣がない,エンジンを大事にしない人にとって,これは軽いストレスです.

では,歯医者さんはどうでしょう?虫歯予防のために,歯を磨きましょう!って言いますよね.
歯医者に行けばポスターがかかってます.虫歯のリスクを伝えているわけです.

このように,専門分野になればなるほど,その分野のリスク情報を出します.
もともとは自分の労働価値を高めたい,という意識から出るものですが,それが社会を安全な,快適なものにしてきたのは間違いありません.また,現在では,リスク情報を出すことは,その専門職の社会的役割でもあると思われています.
通信業の発達によって情報の拡散が容易になったので,リスク情報を出すのが簡単になったのも,その傾向に拍車をかけてます.

ところが,ここに落とし穴があった.
リスクが十分に減ってくると,人々はリスクに敏感になります.
ですが,専門家はますます細分化していき,それぞれの分野でリスクを主張していきます.
結果として,リスク情報が世の中にあふれてしまうという結果になります.これが人々の不安感が高まった原因です.

また,人間は,自分の理解が難しいもの(コントロール不能のもの)に関しては,リスクを過剰に感じます.あふれる専門家のリスク情報は,意外にストレスなんですね.小さいストレスでも,積み重なると脳を疲れさせ,余計に不安感が高まります.

このように,資本主義社会は,その構造上,リスク強調社会になっていってしまう宿命にあるのです.
これが現代は,「安全だけど安心でない社会」,になってしまった理由なんです.



  1. 2015年01月30日 23:30 |
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リスク強調社会 その2

前回の続き

産業革命が資本家と労働者を作り,資本主義社会が始まった.
労働者はもともと農村で働いていた人が,囲い込み運動で追い出されて都市部に来た人です.

資本家は労働者を雇用して,綿織物を生産します.自由経済ですから,人々は値段が安いのを買いますね.
資本家はできるだけ安く大量の綿織物を作ろうとします.

綿織物ができるのは労働の結果ですが,労働は均一じゃありません.
効率よく綿織物を作る労働から,非常に効率が悪い労働まで,色々です.もちろん労働者も色々.
当然ながら資本家は効率の良い労働を求めます.良い人に来てもらいたい.
労働者も,できるだけ高い賃金が欲しい.労働力も自由経済に組み込まれ,商品化していくことになります.
“労働力の商品化”が資本主義社会の肝ですね.

労働者は当然ながら自分の労働力としての価値を高めたいと思います.
みんなが競争のように努力することで,社会は豊かになります.
手っ取り早く労働の価値を上げるにはどうするか?
教育がもっとも有効です.勉強して偉くなろう!ってのは資本主義社会の副作用?ですね.

また,労働者は自分の労働の価値をアピールすることになるでしょう.
俺の織った布は他の布より丈夫で長持ちする!
俺の布で作った服は,とっても肌触りが良いよ!
なんて,現在のCMにもつながる“価値のアピール”をすることが普通になってきます.

続く,,かも?
  1. 2015年01月29日 23:53 |
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