自転車と家族の日記

My Life with bicycle

ナショナリズム その2

前回に続きナショナリズムがどうして出来たのかを考えてみます.

中世ヨーロッパはカトリック共同体であり,国というよりは領主がその周辺を治めていた.宗教改革が起こり,宗教戦争が頻発するようになって,神聖ローマ帝国で30年戦争が起こり,ウェストファリア条約で主権国家の概念が誕生した.

当時は封建社会であり,幼少期から訓練され武装を許された貴族たちが暴力で民衆を支配していた.しかし,銃の登場が暴力の形を変えた.銃は剣ほど訓練や武装が必要ではなく,極めて容易に人を殺傷できる.銃が市民による革命を可能にしたわけだ.

最初に起こった大規模な市民革命はアメリカ独立戦争とされている.独立戦争と呼ばれるが,実際はイギリス支配からアメリカ市民が自由を勝ち取るための戦いだった.その影響を受けたのがフランス革命であり,自由,平等,博愛の精神はアメリカ独立戦争を継承し,発展させたものだったのでしょう.

フランス革命の結果,王制は倒され,第一共和政となったが,革命を阻止するために周辺の国が何度も攻め入ることになる.しかし,市民革命が起こったフランスは強かった.なぜか?ナショナリズムが登場したからだ.市民に国のために戦うという意識ができてきたため,他国の雇われ兵士による軍隊とはモチベーションが違ったからだ.

次に登場したナポレオンは,この機運を上手に利用して戦争に勝ちまくった.ヨーロッパ中がフランス領になったのだが,ロシア遠征時にたまたまエルニーニョによる異常気象が起こり,激しい風雪で大ダメージを受け,最終的に敗北.ヨーロッパはウィーン体制に移行した.

ナポレオンに敗北したドイツ(プロイセン)は,ナショナリズムの高揚が国力(当時は戦争に強いこと)を増すってことを見せ付けられた.フィヒテによる「ドイツ国民に告ぐ!」って演説は,当時ばらばらだったドイツ人のナショナリズムを高めて,普仏戦争でナポレオン3世のフランスを破ることになった.

この時代の戦争は人と人が争う中世と違い,飛んできた銃弾で突然命を落とすので,どこから狙われているか分からない.目の前の敵を倒すための闘争心より,恐怖心の克服の方が大切だろう.そのためには家族のため,国のために戦うという自己犠牲の精神が必要になる.その行き着いた先が日本の特攻隊のエピソードだろう.

その後ドイツとフランスは違う歴史をたどることになる.フランスは市民革命で国を作った.だけど,ドイツは当時ばらばらだったので,啓蒙専制君主が国を作った.下からの改革と上からの改革の違いは法律に表れている.フランスは「法の支配」と考えたのに対し,ドイツは「法治国家」を目指した.フランスは権力者を法で制限しようとしたのに対し,ドイツは国民を法律でしばることを考えたわけだ.なお,日本の法体系はドイツのものを真似たもので,明治憲法は法治主義の立場をとっているとされている.

ナショナリズムが力になるということを理解したドイツは,第一次大戦で敗北したあと,ヒットラーが登場.戦争に勝つために徹底的にナショナリズムを盛り上げることにした.その一環として,ユダヤ人を仮想敵とし,虐殺するという行為に出た.ユダヤ人は国を持っていなかったこともあって歴史上何度も虐殺されたことがあったが,科学が発達した時代では,殺された数は桁違いになった.上からのナショナリズムは非常に危険であるということだろう.

今朝の雑草

イオノブシディウム


はじめて見た雑草です.

ホトケノザ
IMG_0588500.jpg

春の雑草ですね.あまりきれいな写真じゃないが..
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  1. 2015年03月11日 23:16 |
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