自転車と家族の日記

My Life with bicycle

ナショナリズムとワクチン行政の共通点など

最近のマイブーム、ナショナリズムの起源。
今の世相を表すキーワードじゃないですかね。

ナショナリズムって概念ができたのはそれほど昔じゃない。18世紀末ごろじゃないかって言われている。
その昔は戦争をするのは騎士や貴族だった.日本だったら武士階級でしょう。
そんな世の中ではナショナリズムの概念はなかった。それができあがったのは、国民国家になって市民が戦争に参加するようになったからのようだ。

専制政治の時代、一般市民は単に国家から搾取されるだけの存在だった。
しかし、国民国家になれば、国家と一定の契約を交わして身分の保証や防衛など様々な便宜を図ってもらう代わりに,革命勢力を排斥したり、国の自立のために戦うという意識ができた.

先駆けはアメリカ独立戦争じゃないですかね。これはイギリス支配から自治を勝ち取るための戦争でしょう。
 ⇒だからアメリカ人ってあんなに自由を大切にするんですね.あれってナショナリズムの一種の表現なのか.

続いてフランス革命があった。自由,平等,博愛ってのはまさに市民が求めていたものだけど,それを国家で実現するためにナショナリズムが盛り上がった.さらにナポレオンがヨーロッパ中にナショナリズムを輸出した。19世紀末にはドイツ(プロイセン)のビスマルクが市民と国家との契約を明確に示して,ドイツを統一することになる。
最後にヒットラーが出現し,ナショナリズムを究極まで高揚させ,ファシズムになって突っ走った.

気をつけたいのは、ナショナリズムって単にお国を守ろう!って思想じゃない。根本には個人の欲望がある.
それだけではモチベーションとして弱いし,集団は動かないんだけど、欲望が「大儀」に昇華させてしまうことが良くある。

少しでも豊かな暮らしがしたい,とか,自由で平等な(自分にとって居心地の良い)社会を実現することとか,もっと直接的に「お金が欲しい!」とか.ひとりひとりのそういった思いを大きく書き換えちゃうところが,ナショナリズムのこわいところです.アジア開放のため,共産主義との戦い,世界平和のため,なんかですかね.
すると、ひとりひとりだけでなく,集団のモチベーションが上がります.権力者ってのはそれを利用するんですね.

個人の利益の追求が大儀にすり替えられることって、日常でも良く経験します。
たとえば、今のワクチン狂想曲,ちとおかしい.
国、メーカー、学会も接種医師も、ワクチンを進めることで利益を受ける人たちです。
ワクチン推進運動は大きいんだけど、個人の利益が“子どものため”って大儀に書き換えられちゃってる部分がある。
もちろん,ほとんどのワクチンはメリットがデメリットを上回る.
だけど,情報の偏りがあるため、メリットは大きく,デメリットは小さく評価されている。
ワクチンを導入するかどうかの議論をステークホルダーだけで行うのは危険だと思いますね。
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  1. 2015年04月19日 17:56 |
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