自転車と家族の日記

My Life with bicycle

アトピー性皮膚炎が増えたわけ その3

前回の続き.しつこく文章書きつつ,自分の考えをまとめています.

黄色ブドウ球菌は,人の中でも皮膚の弱い個体を狙い打ちにして,遺伝子をつないできました.
この菌が人間社会に広がったのはいつ頃だったのでしょうか?

実は黄色ブドウ球菌はそれほど感染力の強い菌ではありません.主に人と人が接触してうつります.
農耕が始まったのは1万年前ですが,その時代には人々は家族単位の小集団で暮らしていたので,こういった菌が広がることはありません.
農耕が始まり,都市化が進み,多くの人が集団を作るようになった.感染症が人々の間に広がったのは,それ以降の話です.

最初の都市は,紀元前3500年から3000年くらいにメソポタミアにできました.
その後,黄河やインダス川流域,エジプトなどにもポツリ,ポツリ出来始めましたが,もちろん,現在に比べれば大規模なものではありません.感染症が流行しても,ごく小規模な風土病で終わったでしょう.

しかし,その後,鉄器の発明,牛や馬の利用などで,農耕技術が発達し,食料生産能力が上がると共に,徐々に都市は大きくなっていきます.約1300年前,日本の平安時代,唐の都の長安は人口100万人はいたのではないかと言われています.

歴史上,感染症の記録が詳細に残っているのはペストの流行です.ペストはネズミからノミに感染し,それから人へうつって発症します.感染した人からもノミに感染し,また他の人に感染することになり,一度流行が起きると,加速度的に大きくなります.ノミに噛まれて体内にペスト菌が入ると,最終的に血液の中に入って敗血症を引き起こし,死亡します.
今の医学用語でDIC(播種性血管内凝固症候群)と呼ばれる病態ですが,血が止まりにくくなって,あちこち出血して死亡するので,黒死病と呼ばれていました.

有史以来,何度か流行の記録があるのですが,最大のものは14世紀の中世ヨーロッパの流行でしょう.最初に中国で始まった流行は,モンゴル軍の遠征でヨーロッパ全土に広がり,当時のヨーロッパの人口が半減したと言われています.同時期はフランスとイギリスの100年戦争の頃だったのですが,ペストの影響で休戦になりました.もっともその後も戦争は再開され,最後はジャンヌ・ダルクの登場でフランスが勝つことになります.

感染症はこのように,都市化と大規模な人の移動,菌の感染力,媒介する生物などの要因により広がっていきます.

黄色ブドウ球菌はペスト菌ほどの殺傷力はないため,歴史の中でいつから登場したのかは記録は残っていません.
この菌は他の動物に感染することもありますが,ノミのような特殊な媒介者はいないので,爆発的に感染者が増えるということもありません.肌から肌へと直接触れないとうつらないからです.

恐らく,歴史の中でじわじわと広がっていき,近代になり産業革命が起こってから,都市部に労働者が集中したこと,人々の往来が激しくなったことで一気に人々の間に広がったと考えられます.人から人に感染するに当たって,より増殖力の強い株が選択的に生き残ります.黄色ブドウ球菌は人の免疫に抵抗して増えないといけないので,増殖力が強いということは毒性が強くなるということです.菌が世界中に広がっていく過程で,遺伝子は変異していきますが,様々な毒素を作る遺伝子を持った株が選択的に生き残ることで,人の肌への感染力が強くなっていったのでしょう.

現代まで生き残った黄色ブドウ球菌は様々な毒素を持ちます.そのひとつが皮膚を剥がす毒素です.

写真は子どものとびひです.
tobihi20150918.jpg

皮膚がはがれて炎症を起こし,菌が一気に増殖します.こうなっても,最終的には人の免疫によって排除されるのですが,それまでにできるだけ増えて,他の子どもに感染するという戦略です.文字通り飛び火のようにうつっていきます.

続く?








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  1. 2015年09月18日 22:19 |
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