自転車と家族の日記

My Life with bicycle

さおひはこひあよこことこす

1932年の五・一五事件以後の歴代総理大臣の覚え方ですが,舌滑が悪いのでこれが言えない.

各内閣のメモ

齋藤實 政党内閣は無理と言うことになって,海軍大臣が首相に.
 日満議定書で満州国を認めるが,国際連盟脱退(全権 松岡洋右).塘沽停戦協定に,満州国帝政へ.
岡田啓介
 1935年の二・二六事件
広田弘毅
 軍部大臣現役武官制の復活 西安事件
林銑十郎
 短命内閣
近衞文麿(第一次)
 盧溝橋事件から日中戦争
平沼騏一郎
 日米通商航海条約の破棄と,独ソ不可侵条約
阿部信行
 1939年に第二次世界大戦勃発
米内光政
 南京新国民政府
近衞文麿(第二次) 松岡洋右が外相に
 北部仏印進駐
近衞文麿(第三次)
東條英機
 真珠湾攻撃
小磯國昭
鈴木貫太郎


日本はなぜ戦争することになったのか?近代史を知らないと,うまく説明できない.
ここを分かっていないと,憲法や平和に関する議論などできないような気がしますね.

以後,簡単なまとめ

第一次世界大戦(1914-1918)で,アジアで日本は1人勝ちの状態だった.北の方ではロシア革命が起こり,共産主義の思想が世界中に拡散したが,政権を大きく揺るがすほどにはならなかった.

大戦中,ヨーロッパの強国は大きなダメージを受けて,工業生産力が低下.
その結果,日本の物が売れまくって,好景気になり,財閥はますます大きく,新興財閥も出てきた.
t特に重化学工業が大きく発展した.

重化学工業は巨大な資本を必要とするが,資本を投下すればするほどリターンが巨大になる.財閥は銀行と組んで,どんどん生産したが,ヨーロッパが復興するに従って,あっという間に物が売れなくなり,大不況になった.軽工業よりも重化学工業の方が,作る物がでかい.鉄鋼や船舶など,置いておくだけでもお金がかかるので,不況のダメージは大きい.その上,1923年には関東大震災が起こり,銀行がつぶれて金融恐慌が起こるようになった.

1920年代後半になるとやや持ち直しの気配があったものの,1929年には世界恐慌が勃発.
ところがそこに金解禁を行い,すぐに再禁止になったので急激に円安が進んだ.
日本の輸出産業は急激に回復したが,ソシアルダンピングと見なされ,恐慌に苦しむ世界中から非難を浴びることになる.

されに満州事変が勃発.傀儡国家の満州国を作って,もっと景気が良くなる.
明らかに危ない方向に行ってるのに,国民は,豊かになることで,熱狂的に政府を指揮する.
一方,世界中から非難を浴びて国際連盟を離脱.帰国した松岡洋右は大拍手で迎えられる.

ほぼ同時期に五・一五事件,二・二六事件が起こり,政府は軍部を抑えられなくなってくる.
1937年に泥沼の日中戦争が始まったが,中国はあまりに広く,国民党政府を捕まえられない.
結局,米国との関係が悪化し,全面撤退しか方法はなくなるのだが,陸軍の了承が得られない.
とっくに軍部をのコントロールができなくなっていた.

結局,世界中から総スカンを食らった政府は,同じ立場のドイツと手を結ばざるを得なくなった.
結果,米英との関係修復は不可能になってしまい,開戦⇒ボロ負けという結果になる.

歴代の政府は,米国との政争は何があっても避けたいと考えていたようです.
それでも,戦争に突入してしまうのは,組織の流れを止めることができなかったからです.
そういう社会制度が構築できてなかったからでしょう.


朝仕事,昼から講演会,夜は記念祝賀会
IMG_4728.jpg

正直言って,こういう会は豪華すぎるので反対だったが,行けばとっても楽しい.
某歴史オタクの先生に色々教えてもらった.






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  1. 2016年09月17日 20:31 |
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