自転車と家族の日記

My Life with bicycle

興福寺

我ながらブログ記事が節操無いのですが、お寺の話。

先日興福寺に行ってきた。

奈良市にあるお寺です。近鉄奈良駅を東に歩くと森の中にあります。

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昔、この近くの職場で働いてたんで、何度も近くを通ってます。
だけど、お寺なんて眼中になかった。お寺って雰囲気じゃないですからね。
博物館か何かって思っていた。ここが興福寺だったとは。

そもそも境内と外を区切る塀さえないですから,外から見たら興福寺って単なる森です.

現在,メインの建物となる中金堂(ちゅうこんどう)は再建工事中
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平成35年までかかると書いてあった.お金もかかるだろな~

五重塔もあります.法隆寺のと趣きが違う。屋根が重たそう。
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立派です。しかし、これって経済的に困窮した寺が手放して、燃やされそうになったとのこと。
燃やして残った金品をお金に換えるためだったとか。すごい話です。

五重塔の北にあるのが東金堂(とうこんどう)。
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こちらは西にある南円堂
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護摩木が置いてあった。ここも密教の影響は濃いようです。
横に不動明王が祀ってあった。

境内を一通り回った後に国宝館へ
↓この建物です.中の仏像は撮影禁止です。
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ここでは国宝の仏像がほとんどガラス越しでなく、そのままの姿で見ることができるのに驚いた。
有名な阿修羅像もはじめて見た。
写真が撮れないので興福寺のHPより。
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阿修羅像って良く見ると「困った。。」って顔をしてますな。

興福寺は少し高台にある。
南には猿沢池があって、興福寺を見上げることになる。
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興福寺に行って,とにかく感激しました。やっぱり歴史の力ってすごいッス。

興福寺は藤原氏の氏寺です。
藤原氏って言ったら、中大兄皇子と組んでクーデターを起こした中臣鎌足から始まった,
ずっと天皇の摂政、関白の座にいて、日本を動かしていた一族です。
そのお寺なんだから、ものすごく由緒正しい。

奈良といえば大仏のある東大寺が有名だけど、江戸時代までは興福寺の方が大きかったらしい。
奈良公園のほとんどは興福寺の敷地だったとか。奈良ホテルもそうですね.

しかし明治の廃仏毀釈で、ほとんどの土地を取り上げられてしまった。

興福寺を作った藤原不比等は,大宝律令の後の養老律令を作成したヒトです.
要は法律を制定したわけで,賢い,政治力のあるヒトだったに違いない.

律令の律って現在の刑法のことらしいけど,仏教でいう戒律の律から来ている.(島田さんの本より)
つまり,不比等は仏教的な世界を理想として,現世に作ろうとしたのだと思います.

当時なんて情報がほとんどない時代だから,どんな社会が人々にとって良いのか,想像することもできなかったでしょう.そういった時代だからこそ仏教の教えというのは,大きな指針になったに違いない.

不比等は720年没と書いてあるが,その後に聖武天皇によって東大寺が作られた.廃仏毀釈によって興福寺がぼろぼろになったのに,東大寺は江戸時代に建築されたのが残ってる.これは作られた由来が関係してるのかもしれません.やっぱり天皇家が作ったのは大切にされたのかも.

革命の時,大衆って既得権益を持っている組織を徹底的に破壊するようなことします。明治維新の時には,幕府もそうだけど,寺社みたいな(当時の)公的組織はターゲットにされちゃったってことかもしれません.

しかし,惜しいですな.興福寺が持っていた様々な仏像とか,当時は多数失われたと思います.残ってれば奈良時代のことなど,今よりもっと分かったでしょうに.
古いものは大切にせんとアカンってことですな.



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  1. 2013年01月26日 20:52 |
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