自転車と家族の日記

My Life with bicycle

古事記ゆかりの地 応神天皇稜

応神天皇は15代天皇で、朝鮮に出兵した神功皇后が九州に帰ってきたときに生まれたとのこと。
※当時は天皇じゃなくって大王と呼ばれてた。天皇は天武天皇から。

応神天皇の時代は国内は平和だったけど、朝鮮半島は戦乱で、高句麗、新羅が百済を攻めていた。
そのため、日本に多数の渡来人が逃げてきたとのこと。要するに難民ですな。

応神天皇の墓とされているのが、大阪府羽曳野市にある誉田御廟山古墳 (こんだごびょうやまこふん)。
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応神天皇稜
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応神天皇は日本で最も祀られている人だ。
と言うのも、全国にある八幡宮が祀ってる八幡神(やはたのかみ)が応神天皇とされているから。

古墳の南側にも誉田八幡宮がある。ここが日本最古の八幡宮らしい。
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しかし総本社はなぜか大分県?不思議だ。

応神天皇稜の西に、仁徳天皇稜がある。
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さて、応神天皇は実在したんだろうか?誰にも分からないってのが真実だと思うけど。
この古墳は5世紀はじめに作られたらしいけど、ものすごく大きい。
体積なら仁徳天皇稜より大きいと書いてあった。

土を運ぶだけで、ものすごい仕事量だったはず。
当時、相当力のあった豪族であったのは間違いないようです。
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  1. 2013年03月11日 22:54 |
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