自転車と家族の日記

My Life with bicycle

西大寺に行って考えた

最近,南都七大寺にはまってます。

Wikiよりコピペ

興福寺(こうふくじ、奈良市登大路町)
東大寺(とうだいじ、奈良市雑司町)
西大寺 (さいだいじ、奈良市西大寺芝町)
薬師寺(やくしじ、奈良市西ノ京町)
元興寺(がんごうじ、奈良市中院町、芝新屋町)
大安寺(だいあんじ、奈良市大安寺)
法隆寺(ほうりゅうじ、生駒郡斑鳩町) または唐招提寺(とうしょうだいじ、奈良市西ノ京町)

唯一行ってなかった西大寺を見に行ってきた。
東大寺に対して西大寺。さぞ立派なお寺に違いない。

ブロンプトンで郡山から走って西大寺まで。
近鉄西大寺駅前を通るとすぐ見えてきました。あまり由緒正しくは見えない。
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四王堂
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本堂
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幼稚園が隣接してあって、元気な子どもの声が。。
しかし、寺の雰囲気にはふさわしくないですな。

また、駅前のごちゃごちゃしたところにあるので、立地ももう一つ。ありがたみがない感じ。
駅とか幼稚園とかできたのが後だから仕方ないですが。

七大寺はどの寺もかつては大伽藍を誇っており,奈良市のほとんどが寺の敷地でだったようです.
今じゃ考えられない.

大きな寺がたくさんあって,何をしてたんでしょうね?
江戸時代までの寺って,檀家制度によって地域の戸籍管理とか行政の一環を担っていたようですが,奈良みたいに寺だらけってのはそれだけじゃなかろうって思うんです.

恐らく,今の大学のような高等教育のための機能が大きかったのでは?と想像します.
今の京都みたいなもん.
高等教育だから単に読み書きじゃなくって,もうちょっと学問的なものですね.

何を勉強してたんだろ?って考えると
今のような自然科学の学問ってほとんどないですから,(現在で言うことの)人文科学.
つまり,哲学とか宗教学,倫理学,言語学,芸術学みたいなのを学んでいたのでしょう.

※自然科学は自然の中の法則性を見出すための学問ですが,人文科学は人間性を追及する学問です.

当時の人々が自然に対して大きな影響力を持つことはなかった.
つまり,「自然は自然のままに,,何も自分の力では変えられない.」って思うのが普通だったでしょう.

そんな状況での人々の関心は,自然科学じゃなく,人が何を目的に行動をするのか,人の思考回路はどうなっているのか?などを考える人文科学に向かうでしょう.

自然科学は分析的に物を考える.対して人文科学は統合的な学問とも考えることができます.
当時の人々の社会観(世界観?)は現在のものとはかなり異なったものだったでしょうね.

ところが,現代のような資本主義社会で経済合理性を追求するには,自然科学の方が圧倒的に有用です.国の教育も自然科学が優位になっていき,人々の考え方や価値観は現代風になってきたのでしょう.

自然科学に目を向け過ぎれば,世界の一部しか勉強していないことになって,視野が狭い人間が育つのかもしれませんね.情報近視の人間が多くなり,社会生活上のストレスが増えているのではないかな?

身近な人々を見てもそうでしょう.
小さな部分にこだわる人が多かったり,理屈に合わないって怒ったり,自分理論にこだわる人が多い.
昔のヒトの方がおおらかだった,,ってのはその通りだと思います.
常に分析的に考えることの弊害かも。

人文科学の教育が少ないってことは
人が何を目的に行動をするのか,人の思考回路はどうなっているのか?
なんてことを考える基礎がないってことかもしれません.

そんなだから、人々のストレスが増えたのかも?
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  1. 2013年03月14日 21:23 |
  2. 色々、考えたことなど
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